私が最難関の美大に受かるまで

スポンサードリンク

私は、日本で倍率16倍超の難関の一番難しいと言われる美術大学へ入学しました。

高校から美術学部のある専門的な学校へ通い、2浪の期間を含め、合計5年間『合格』の二文字へむけて、努力を重ねました。

時を遡り、話は美大へ行く事を決意した高校生時代から始まります。

受験を決めたきっかけ

高校1,2年生の間は漠然と推薦で受けようと思い、成績は常に学年で1番を取れるように努力し、学校推薦やAO入試でも問題ないほどの成績は納める事ができました。

しかし高校3年生になり、ある予備校で『君では、最難関の美大は受からないと思う』という言葉を講師に言われ火が付き、日本一難しいと言われる美術大学を受験する決意をしました。

もちろん、その予備校には通わずに。

毎日が慌ただしく過ぎていき、本番も緊張のまま多浪生に囲まれ、気がつけば最初の年は落ちていました。

不思議と、自分の実力に対して相応な成績だったので後悔はありませんでした。

一浪目

受験だけに専念できる環境と同じ目標をもち、頑張る仲間でありライバルに囲まれ一郎目が始まりました。

美大受験で必要なものは、美術の秀でた実力と共に、一般大学でも通じるほどの学力が必要だったので、夏から勉強の予備校へも通うようになりました。

秋の公開コンクールでは中々良い成績を納める事ができました。

しかし、冬になり突然にスランプがやってきたのです。

いつもは筆をもつのもモチーフを触るのも楽しかったのに、何もしたくなくなったのです。

そのままに、スランプからは抜け出せず、試験会場のトイレであまりにも自分の絵が下手すぎて泣いた事もありました。

落ちる覚悟をした結果はもちろん不合格でした。

二浪目

そしてここから2浪目に入ります。

春からは頑張りすぎずに、秋から集中することにしました。

気分を変えるために本屋さんでアルバイトを始める事にしました。

自分は浪人するのが当たり前の学生生活を送っていましたが、周りはそうではない他大学の学生ばかりでした。

そんな自分とはまた違う環境で生活している人達と話すうちに、とてもよい気分転換ができました。

予備校では今までの失敗を踏まえ、『本番の自分が最大限実力を出せるために今自分ができること』をテーマに過ごす事に切り替えました。

失敗やスランプを気にせず、人間だからそんな日もある、今失敗を溜めておくことで明日の成功になる。と思い過ごしました。

夏の終わりに成果がじわじわと実感する事ができました。

失敗しても落ち込むことはなくなり、昨日とはちがう発想も生まれる事が出来ました。

美術の実技の成績が伸びたことで、勉強の成績も今までの中で一番良くなっていたのです。

そのままの勢いで実技の入試を迎えました。

実技の成績もよく、3回受験したなかで一番安心して試験を受ける事ができました。

試験の課題文を読んだ瞬間も、1番よい成績で受かれる自信がありました。

そして二浪目にして結果は、やっと合格を勝ち取りました。

2浪目は人生のなかで一番濃い時間だったと思えました。

それから

そうして二浪を経て最難関の美大へ入学する事ができた私はこう思います。

自分を違う環境へ置き気分転換をして気分をコントロールした事で、実技、勉強、成績以外の所でも、成長があったように感じ今に繋がっていると思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。